グルメ・クッキング

2013年11月12日 (火)

「そばの花」:夢は帰らん、大満足でした

 いまさら紹介も不要なくらい、この地方の著名人も御用達の、よ~く知られたおゾハ屋さん。「そば・酒処 そばの花」。

ここのご店主は、私には古い30年も以前の「戦友」、キサマとオレとは同期の桜、しかし桜の時代はとおの昔に過ぎ去って、もうほぼ狂い咲きの「同期のそばの花」。

ある日のことですが、「来い」、と声かけられて、出かけてみた。

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 皆様にもぜひ足しげにお運び願いたいのですが、最初場所がわからないと思う。イッパツで来られたら動物以上に土地勘の効く人。明るい時でもわからない、夜だったらまず探し出せない。

 住所は一応は京都府綾部市上八田館ノ前1番地、お店の電話番号は0773-44-1191で、これをナビに打ち込んで、このあたりまでは来れる、その先の案内をすれば…

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 府道485(物部梅迫停車場線)を西側から見ている、↑虹の下に見えるのが舞鶴若狭自動車道で、国道27号の上杉の信号から入ると、そちら側から、そこの黒い車と同じ向きでここまでやってくることになる。お店は写真の一番左の藁葺トタンをかぶせた家である。

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 府道からわずかに入り込んだところで、道路から見えるが、看板も何もない、ホントに何もない、わかるわけない、来られるもんなら来てみんかい、探せるものなら探してみんかい、の世界。絶対に探せないので、そのつもりで来て下さい。
そこの赤いの自販機↑くらいが目印になる、自販機くらいはほかにもいくらでもあるので、この自販機を注意して見落とさないように、奥に車がたくさんあるところが、お店の駐車場です。

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これが「そばの花」の正面入口↑。普通の昔の農家である。↓ここからお入り下さい。

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燃えろよペチカ木のストーブと友たちが迎えてくれます。

友と語らん。何を語るべきや。
まあそうする前には、まず飲んで喰って、腹ごしらえが先じゃぁ。
こだわりの料理が一杯出てくる、少し写せば…

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 舞鶴の魚↑ここは素材にこだわりぬく、ウソはない、エエカゲンはない、メニューと違うこともない、偽装表示の「おもてなし」はない、本物の口には出さない、おもてなしがある。

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当店おすすめの「そばすき鍋かも仕立」↑。
うまそうだわい、こんなゴッツォは何十年ぶりか、そんな目が見つめる。

皆様もぜひ味わって下され。

お店の雰囲気

 店主の親戚の家だったという農家造りで、中にはいると新しい住宅と違ってほの暗い、ガラス戸がふんだんにあるにもかかわらず、カメラの目には特にそう感じられる、写真よりは人間の目にはもっと明るい。

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田の字の農家の間取りでタタミの間にテーブルが数卓ある。座っていただくのが基本。家族ずれでも友達とでも、会社の忘年会などでも、40名くらいは入れるよう。

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月~金 11:00~15:00 夜は予約のみ。
土・日・祝祭日は11:00~20:00
毎週火曜日と第2・3水曜日は定休日

そばは北海道・幌知内産。お品書きは写し忘れたが結構あれこれ揃っております。
料金は大変に良心的、暴利をむさぼる気などはさらさらなく、そんなに安くてやってけるの、の金額であります。

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あまり写せば企業秘密にふれるか、
彼の息子さんも帳場に立っておられる。

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友と語らん。通いなれたる、まなびやのまち。

バカ者はまた、歩きはじめる、
とか歌っていたが、ゴソゴソと何やら引き出してきて、

ほら、これな、おまえが書いたレポート。オレまだ持ってるよ、と、

そんな古い物をまだ持っていたのか。

あの右さがりの苦しい時代に一万二千人も集めたために、「舞鶴の奇跡」と呼ばれた取組だったが、舞鶴ばかりでなく、青年団だけでなく、もっと広く大きな衝撃を与えていたようである。彼は船井郡日吉町の名望家出身の人だが、いまだに読み返してくれていたとは、よき友とはこうした人。舞鶴人でもそうした人はない(のではなかろうか)R01

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わざわざこれを持って来てくれたのか グス 

あのときは一万二千人も集まってくれた、でも今はそれを百倍する人が集まるサイトを書いているよ。

というのだが、信じられない様子である。
「戦争展」は今ではずいぶんと全国で開かれるようになっているが、その出発になったころは、超難関のハードルだらけで、全体見通しもたてられず成功率ゼロに近かった、こうした場合は若者の力しか頼れるものはない、府青年団も強力応援してくれた、そのときの団長が彼だが、思い出したが、事務局にいたのが今前に座っている、女子団員様であった、久美浜の子で、当時府全団のあこがれのマトだった。
その資料は事務局にあるか、あればもらいに行く、用意してくれ、とエッチラコッチラと京都市内の事務所まで行くと、彼女が集めてくれた大束の資料がくくられて用意されていた。
わっおもたい、というほどあった、あのときは助かったよ、これで半分成功と思った、あのときそうしてくれたんです、覚えてる?30年も昔の話だけど、と問えば、さぁー、ということであった。

こんな話、破られることのないと言われた最長レポートに書いただろうか、覚えないが、もしなければ、これが30年後の後日談。

 やさしの小鈴、葉陰に寄れば、夢は帰らん、…

こうした話は書き出せばキリがないほどにあるが、かつての戦士たちもそうした見果てぬ夢に酔いしれて、ぼつぼつ酔いどれ。
近くの「イワンの里」にて二次会。

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ココロは「イワンの馬鹿の里」ということだそう。馬鹿を入れるとお客様に失礼かと、看板には入っていない。
 Иван(イワン)は聖ヨハネのこと、英語ではジョン(ジョニー・ジャック)、ヨハンとかジャンとか言語によって呼び方はちがう。生まれた日によって予め名前は幾つかに決まっていて、日本のように何でもよいというのではない。
長兄は軍人で悪魔に剣にてやられてしまう、過去の大日本低国、与党政府が自衛権とか必死になってとりもどすといっている一番アホなタイプ、二男は今の経済大国日本みたいなもので、ゼニしか頭にない、目先のゼニしか知らない、これまた悪魔にはめられてやられてしまうという二番目アホタイプ。弟のイワンはまったく別で馬鹿正直で手にタコない者は食うべかずのタイプ、ここの店主のような人で、悪魔も手が出せず最終的にはここだけが栄えたという。額に汗して働かずに、軍事力で富を独占しよとしたり、朝から晩まで働きもせんでカネでカネを儲けて富をゴーホー的にかすめ取ろうとか、そういうことをしていれば遠からず滅びますよとトルストイは教えていた。
悪魔の甘いささやきにそそのかされずにやっぱりド誠実なバカで行こうかのかなり哲学的文学的店名のよう。

あの頃もそうだったが、相変わらずよく飲みますのぉ…
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 こうしたときよく思い出す曲 「遠い道」

 ДОРОГОЙ  ДЛИННОЮ

時はアッ!という間に過ぎゆきて、お互いそれぞれ長い道を歩いた、
お互い老けてしまった、アポロンの髪も白く薄くなり、ひどい顔になった。
あの頃と酒飲む姿は変わらんな、
あいも変わらず「Иванのバカ」のままだ、
中味のキラキラ心はかわらんな。

というような意味か。

メリー・ホプキンの英語版の方がなじみあるかも、
そんな日々があった、ちょうど当時の歌であった。
こちらは今聞き直しても苦しくなるが…

以上↑は当時の府連合青年団OBたちが、久しぶりで酒でもと集まったもの。正規の呼びかけで集まったものではありませんが、ついでながら下↓はそれに先だって開かれた、舞鶴市連合青年団OBたちの集会の様子。判明したすべて当時の団員たちに呼びかけられた。さいわい長い歴史の中でも不祥事があったとはいまだに何も聞かない、事務所のカネが「外部の者に盗まれた」とかの小さいのはあるだろうがわすがな金額であるし、全体とすればよい団だったよう。

府のクラスになるとこれが多すぎてできないのである。

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2010年2月 1日 (月)

美女たちと行くイタリア料理店  OSTELA  "La Bonta" (ラ・ポンタ舞鶴店)

 不況続きでゼニはなく、なじみのお店などとっくの昔に潰れてなく、一緒に行ってくれる相手もなく、体力も元気もなく、わたくし事ですが、滅入るようなアップアップ生活が続いておりましたのでございます…

 夢でなかろかの大変にめずらしいこと、一万年に一度くらいの間氷期のように、今宵ばかりは美女たちとご一緒させていただけました。

身も心も、ブ厚くはりついた氷がバリバリ音たてて砕けていく、割れていく、裂けていく、散っていく、とけていく、消えていく…。も、もしかしたら、氷の地獄から脱出できるかも…

 わっ! うれし!! の La Bonta」店。

イタリア語わかりませんが、「ラ・ポンタ」と読むのだそうです。意味は知りません。イタリア料理専門店。チェーン店なのかも。

店内はこの広さ、あとはカウンターに数名座れる

 料理もさっぱりと知識がなく、せっかくの料理は胸一杯、腹一杯でノドを通らず、味はわからず、全部はとても食べられず、ヘタクソ写真だけ写しておくのが精一杯でございました。

 写真の美女たち  知ってる? も、もしかして知ってるかも知れませんが、誰とも書きません。もっと美女たちの写真を見せてみろ、いやいやこれ以上はムリです。隠してからにアヤシイ、ベ別に何かそんなわけではございません。

 実はこんなおカタ~イお集まり  でございますが、それも書きません。皆様が知りたい問題は、このお店の料理でございますから、関係のない事は書かないでおきます。一応は…

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 La Bonta店(ラ・ポンタ)は東舞鶴・浜の五条朝日の少し北寄り、五条通りにこんな  看板があり、すぐわかります。東舞鶴駅の浜側で、駅からなら徒歩で行けます。舞鶴散策のあいまに立ち寄られてみてはいかがでしょうか。

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 ラ・ボンタに駐車場があるのかどうか聞き忘れてしまいましたが、近くには公共駐車場は多くそこへ駐められるといいのでは…。

 『タウン・ページ』には、イタリア料理店 「オステリア ラ・ボンタ」0773-64-1001 (  773)とあります。

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  腕にヨリかけるから、しっかり食べてよ。

この日はワレワレだけの貸し切り。

そんなことで、

 ラ・ポンタのイタリア料理

   名メニュー集

 まずは、コレ。名は知らず。

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 次がコレ、名を知らず。野菜サラダか、ホントは何かもっとカッコいい名があるはず…。ああ恥ずかしい

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 イタリア料理はワインだって、赤ワイン。

 どんどんヤってよ。

やめてヨ。そんな飲めるワケないでしょ。

それでも、この宵は一人一本くらい空けた勘定になるそうでした。

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 拍手! グイグイ・ガブガブとワインあけるは彼女だけ。ちなみに、ご職業はスーパー教師、小学校を背負う現場第一線のスーパー・エース。

ホントですよ、スーパー・マーケットじゃありませんよ。しかし、よ余裕ですね、も、もしかすると、とても強いのかも。静かなること林の如し、1ミリの狂いもない作品展示を見せる「震える教室」の主・この人ご自身が激しい炎、オーラーで全身を包んでるかんじ。ますます将来嘱望の逸材。

 次はコレ。名を知らず。

接写レンズ持っていけばよかったが、カメラとセットするととても重く大きいのでやめた、ために写りはも一つ。ストロボたくとケラれた。ああ情けない。

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   校長先生が写された三枚の写真。超うまく写っております。

男性はこれでほぼ全メンバーなんですが…

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 次はコレ、ピザ。これくらいはワタチもわかる。ああ恥ずかしい

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 どんどん出てきます。セイヨウお好み焼きか、お子様のようにみんな大好き。

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 さて、コレも名も知らず。お米料理でした。ペロリ。

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 次が、イタそば。イタうどんかな。パスタ。

 西洋ソバも結構、し、しかし美女のそばはも、もっとよろしいな。

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 はいはいアアンして。

皆様どうぞ、お召し上がりあれ。

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 コレ、名も知らず。

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 コレも名も知らず。

敢えてワタチ風に名をつければ「イタリア風イチゴ添えケーキ、チョコかけ」。ああ恥ずかしい。

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 温暖化は自然界。逆に寒冷化は人間界。みんな凍り付いております。

 今日の仕事がないのにそれどころかと忘年会新年会なく、飲み屋さんはこの稼ぎ時ですら、まったくお客がない。飲食店はすべて悪いのだが、その中でも特に「飲」が悪いと言われる。ママさんは「お客なんかあるわけないでしょ。毎日ボーズ。仕方ないから私が一人飲んでるの。そこへ座ってよ」。そんなんなん。「このごろずっとドヒマに慣れきっちゃって、珍しくお客があったりしても、もうからだは動かない、何していいのかわからない、からだも頭もドヒマに慣れたんでしょ、ムリして動かすとグラス割っちゃったりとかするの」。ボチボチ繁昌していたと思えるようなお店でも「今日限りで閉店です。長年お世話になりました。大変ありがとうございました」。東郷元帥も愛した近くの老舗伝説の名物旅館すら倒産のご時世。

 不況くらいに負けとったらあきませんですゾ、そこへいくとこの会はよろしいです、決して負けとりません。サイフカラッポでも元気、血気盛ん、燃えとります。元気すぎかも、ああコワイ。

 

 

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